P2P(Peer-to-Peer)は、誰にも必要以上に管理されない、自由・平等・対等で自律的なネットワーク社会を実現するための最新IT技術です。
P2Pの本質は、ブローカ(仲介者、運営者、管理者、実装的には中央集権的な管理部など)を介することなく、エンドユーザ同士やユーザグループ間でダイレクトかつシームレスにコミュニケーション(情報をやり取り)することにあります。これは、「ブローカレスモデル」とも呼ばれています[1]。
P2Pの理念である「ブローカレス」のコンセプトは、情報の伝達、配信、探索、グルーピング、共有、ポリシーネゴシエーションなどのさまざまなコミュニケーションシーンにおいて活用されています。また、P2Pの理念や実現技術は、ユビキタス世界を実現するためのキーテクノロジとしても位置づけられています。このようなP2Pは、新たなコミュニケーションパラダイムを提案するものであり、今話題のファイル交換サービスや著作権保護技術と直接的な関係はありません。
ここでは、1998年に提唱された「ブローカレスモデル」を紹介することにより、P2Pの理念・本質について論じます。真のP2Pとは如何なるものなのか、どのような世界を目指しているのか、ブローカレスモデルと呼ばれる新たなビジネスモデルを理解することにより、P2Pの真髄に迫ります。

誰にも必要以上に管理されない、自由で、平等・対等で、自律的なネットワーク社会を構築したい。これが1998年にブローカレスモデルが提唱されたそもそもの動機です。
ブローカレスモデルは、理念・概念であり、これが目指す世界は単純明快です。具体的には、以下のような世界を構築することを狙いとしています。
【1】ブローカレス
従来、ブローカ(仲介者、運営者、管理者、実装的には中央集権的な管理部など)が担っていた役割を、それぞれのユーザがボランティアとして分担することにより、特定のブローカの存在を前提としなくても、さまざまなネットワークサービスを、フレキシブル、スケーラブル、かつダイナミックに、低コストで構築・運営します。これは、ブローカを介さずに、直接、ユーザ同士、もしくは、グループ同士でコミュニケーション(情報の伝達、配信、探索、グルーピング、共有)が可能な新たなコミュニケーションモデルです。
【2】自己組織化
ボランティアとして運営に参加している任意のユーザ(ユーザ端末)が、障害や退去などの様々な理由により、「場」の運営から脱退しても、ネットワークサービス全体に影響を与えないように、残されたユーザが自律的に自己組織化することによりサービスを継続します。そのため、ユーザグループからグループの生成者が退去しても、残されたユーザが自己組織化することによって、グループが継続的に運営されていきます。そしてメンバーがゼロになった時点でユーザグループは自動的に消滅します。このように、仲介者を介さず、しかも他のユーザに影響を与えることなくユーザグループを形成することができます。
【3】自律性(個の尊重)
ユーザグループへの参加・退去は、各ユーザの自律性に委ねられます。つまり、ユーザの自律性、自由度、プライバシーを最大限尊重し、ユーザグループへの参加、退去を強制しません。これは、まるで個々人が自分の意思でボランティア活動に参加するように、個々のユーザが自律的にブローカの役割を分担します。
 当時は、P2Pと呼ばれる用語も概念も存在しませんでした。ブローカレスモデルは、P2Pに先駆けて提唱された新たな「ビジネスモデル(コミュニケーションパラダイム)」と言えるでしょう。そして、このブローカレスモデルの実現技術として考案されたものが、世界初のP2PプラットフォームであるSIONet(シオネット)です[2]。

ブローカレスモデルを実現するための,ピア間のインターラクション方式は次の4つに分類されます。ここで、インターラクションとは、ネットワーク上に分散配置された2つ以上のピア(ユーザ)が、互いにコミュニケーションする(情報の共有、交換などのやりとりを行う)ことです。ピアは、必要に応じて、ピア間でのインターラクションを行うことにより情報を共有し、一連のタスクを遂行します。
【1】クライアントサーバ方式
ピアを、その振る舞いによりクライアントとサーバに区別します。クライアントは、常に処理の実行を要求するピアであり、サーバは、常に要求された処理を実行するピアです。クライアント(ピア)がサーバに対して処理を要求し、サーバ(ピア)がその要求に対して応答する(奉仕する)ことによりタスクが遂行されます。つまり、情報の提供のみを行うピアはサーバです。WWWはこのモデルを採用しています。
【2】) P2P(Peer-to-Peer)方式
ピアは、クライアント(要求者)にもサーバ(提供者)にも成りえます。クライアントとサーバの両者の特性を併せ持つピアは、それぞれ、同等の機能を持って対等に動作し、ピア間で直接的に通信します。Napsterは古くから良く知られたこの方式を採用しています。
【3】バケツリレー方式
P2Pインターラクションを複数のピアがバケツリレー方式で繰り返えす方式です。Gnutellaはこの方式を採用しています。
【4】連鎖反応方式
刺激と発火の連鎖反応に基づいて、リレーションシップを有するピア、もしくはピアグループ間のみでインターラクションを行う方式です。SIONetがこの方式を提案しています。
 ここで、P2P方式は、古典的なインターラクション方式であり、Eメール、電話サービスなどでも用いられてきました。このP2P方式を「P2P(ブローカレスモデル)」として定義する文献が多数ありますが、これは誤りです。P2P方式は、古くからP2Pインターラクション方式として定義されているものであり、今話題の「P2P(ブローカレスモデル)」とは次元が異なる概念です。つまり、P2P方式は、P2P(ブローカレスモデル)の1つの実現手段に過ぎません。P2P(ブローカレスモデル)の実現技術として、P2P方式を用いることができる一方で、たとえば連鎖反応方式を採用することもできるのです.つまり、「P2P方式」が「P2P」の本質なのではなく、「ブローカレス」こそが「P2P」の本質であることに注意する必要があります。すなわち、ピア間の2者間インターラクションにP2P方式を利用するだけでは、P2P(ブローカレスモデル)の十分条件を満足しているとはいえません。なお、ピアは、「情報の要求者もしくは提供者の役割を担う動作実体であって、ブローカ(仲介者)ではない」こと、さらに、「ブローカは仲介者であって、ピアではない」ことに注意してください。


このようなブローカレスモデルの実現技術として1998年に考案されたものが、意味情報ネットワークSIONet(シオネット)です[2]。
SIONetは、世界初のP2Pテクノロジーの一つであり、さまざまなP2Pサービスに適用可能なP2Pプラットフォームです。1998年に開発されたSIONetは、ユーザの嗜好、価値観、状況、環境などのさまざまな属性に基づいて「同好の志を発見」し、「それらとグループを動的に形成」し、「グループ内で情報やサービスを共有」すること、および、グループ間のシームレスな連携が可能な「次世代コミュニケーションツール」です。
SIONetでは、ホストのことをエンティティ(ピアに相当)と呼びます。エンティティは、IPアドレスのような固定的な識別子を有していません。これに代わって、たとえば、「野球に興味がある」、「医療情報を提供できる」といった意味情報を用いて、各エンティティには動的でフレキシブルな識別子が付与されます。そして、「野球に興味がある」という識別子(意味情報)を持つエンティティに対して、イベント(パケット)を送信するのです。すなわち、従来の「誰に対してイベントを送る」という通信方法に対し、SIONetは「どういう人にイベントを送る」という新たな通信パラダイムを提供します。つまり、SIONetでは、意味情報に基づいてイベントの送信先を決定し、意味情報に合致するエンティティのみにイベントを送信するのです。
 SIONetでは、このような新たな通信パラダイムを実現するために、「緩やかさ」と「局所性」の追求をキーコンセプトに、連鎖反応機構(メタデータに基づくイベントの転送機構)、自己組織化機構(ブローカレスで、イベントプレースと呼ばれるエンティティグループを自己形成、自己増殖、自然淘汰するためのコミュニティ形成機構)、アプリケーションのプラグイン・共有機構(イベントプレースへのアプリケーションの組み込みとその共有機構)、ブローカレスでの認証を行うセミピュア機構、IDレスを実現するプロパティ・エントランス機構、グループ間のシームレスな連携機構などの特徴的な機構を提案しています。これにより、SIONetは、高いプライバシー、自由度、柔軟性、スケーラビリティ、耐故障性の保障や、低コスト化を達成します。


2000年3月のGnutellaの登場により、一躍有名になったP2P。最近では、ファイル交換サービスばかりでなく、グリッドコンピューティング、ユビキタスコンピューティング、センサーネットワーク、情報家電ネットワークなどにも、P2Pの理念である「ブローカレス」の考え方や実現技術が、広く活用・適用されています。
一方、ボトムアップ指向で、個を中心としたコミュニティの活性化に向けて、任意団体、NPO、地方自治体、大学などが主体となって、コミュニティの情報化を推進しています。この情報化は、コミュニティにおける円滑なコミュニケーション、タイムリーな情報共有等を促進するための重要な取り組みです。このコミュニティの情報化が、コミュニティの活性化に向けての重要なファクタの一つになっており、今まさに、このような活動が一つの大きな潮流になろうとしています。ここで、「コミュニティ」とは、自らの意思に基づいて、自らが同好の士とともに構築・運営する論理的なグループのことであり、その活動範囲は、必ずしも物理的な範囲に制限されるものではありません。 
このようなコミュニティにおける情報化に向けては、トップダウンアプローチばかりでなく、コミュニティの事情・状況を十分に勘案したボトムアップアプローチがなりより重要となります。このような「コミュニティにおける情報化の特性」と、「ブローカを介することなく自律的にコミュニティを自己組織化するP2Pの理念」の親和性は非常に高いと考えられます。そのため、コミュニティの情報化は、P2Pのキラーサービスになりうるものとして以前から着目され、その普及に向けた取り組みが展開されています。


「電子情報通信学会 コミュニティ活性化研究専門委員会」は、産・官・学・コミュニティの連携・協同からなる「P2Pワーキンググループ[3]」を運営し、P2Pの啓蒙および普及に努めています。
ここでは、NPO、任意団体における草の根活動・ボランティア活動、大学における学術活動、企業活動などをシームレスに連携させること、および、社会科学、人文科学、工学などの多岐に渡る分野を有機的に連携させることにより、将来のコミュニティ像およびコミュニティ活動の在り方の明確化、コミュニティ構築技術の確立・普及活動、フィールド展開・検証など、コミュニティ活性化に向けたグローバルな取り組みを目的としています。
なお、第1回 P2Pフォーラム[4]は、2003年6月、(1)地域情報化に向けて、何が望まれているか? (2)地域情報化に向けて、P2Pが果たす役割、狙い、およびその効果は? (3)地域コミュニティにおけるP2Pの具体的な適用例とは?をテーマに、P2Pの第一人者が一堂に会して、『地域情報化とP2P』と題したパネル討論が開催されました。また、第2回P2Pフォーラム[5]が、2003年10月、群馬県桐生市において、”まちづくりの現場が求めるネットワーク: 地域コミュニティ活動と次世代技術の融合”をテーマに開催されました。このような啓蒙・普及活動と並行して、フィールド展開の推進が強く期待されています。


■参考文献
[1] 星合隆成 編著:新世代ネットワーク技術の全貌「ブローカレスモデルとSIONet」, 電気通信協会(オーム社刊), ISBN4-88549-021-9
http://www.asahi-net.or.jp/~ny3k-kbys/contents/brokerlessmodel_sionet.html
[2] Welcome to SIONet World:
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/8143/
[3] P2P Working Group:
http://www.ieice.org/~coa/p2p/p2p.htm
[4] 第1回P2Pフォーラムin松山,”地域情報化とP2P〜魅力ある地域ネットワークの形成〜”, 2003.6
http://www.sri.ehime-u.ac.jp/simpopart1.html
[5] 第2回P2Pフォーラム in 桐生,” まちづくりの現場が求めるネットワーク: 地域コミュニティ活動と次世代技術の融合”, 2003.10.18
http://www.npokiryu.jp/p2pforum/index.html

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